店の壁には、十数枚の絵が掛けられていた。
「この絵はすべて、父が描いたものです」
オーナーである婦人は、まずそのことを伝えたかったようである。
涼を求めて泉ヶ岳へ
猛暑が続いた八月のある日の午後、涼を求めて泉ヶ岳へ向かった。
暑いときは、自然豊かな場所に行くのがいい。
泉ヶ岳へ向かう道から脇道に入り、緩やかな坂を下っていくと、左側の雑木林の中に白い洋風の建物が見える。
いや、見えないかもしれない。今は緑の葉が生い茂っているので、ゆっくり進まないと見過ごしてしまう。
泉ヶ岳の麓にある喫茶店へ
泉ヶ岳の麓にある喫茶店 LA COULEUR DU VENT(ラ・クルード・ヴァン)である。
道路側の入口には木製の門があり、小さな看板やオブジェが置かれていている。
森の中の喫茶店らしい雰囲気がよく出ている。
門を入ると駐車場があり、数台の車が駐車できるようだ。
ここは大きな樹木に囲まれていて、西に傾いた木漏れ日がまぶしく差し込んでいる。
ここからは店の中の様子がわからない。
建物をよく見ると、窓が見当たらないのだ。
駐車場と玄関との間には鉄製のアーチが架けられていて、その柱には「OPEN」の看板が掛けられている。手前には「営業中」の看板とメニューが書かれたボードが置いてある。
オープンはしているようである。
白い玄関ドアを開け店の中へ
白い玄関ドアを開け店の中に入ると、一人の婦人が奧の厨房から出てきて、「いらっしゃいませ」と言いながら笑顔を見せた。オーナーのようである。
入口近くのテーブルに腰を下ろし、飲み物とロールケーキを注文し終えると、店内をぐるりと見渡した。
玄関ドアと反対側には大きな掃き出し窓があり、テラスに出ることができるようになっている。さらにその向こう側には、広大な雑木林が続いている。
自然の明かりはこの窓と、天井に作られた天窓だけである。それ以外に窓はなく、四方の壁には十数枚の絵が掛けられている。
風景などが描かれた日本画である。
大小様々な額に納められた絵は、明るい色使いで、柔らかなタッチで描かれている。
オーナーが父親を語る
水彩で描いているのだろうか。絵の前に立ち、のぞき込むようにしながら、しばらく眺めていた。
すると、後ろで声がした。
「この絵はすべて、父が描いたものです」
振り返ると、先ほどのオーナーである。まっすぐにこちらを向き、穏やかに語るそのまなざしには熱いものが感じられた。
日本画家であった父親が亡くなり、手元に残っていた作品を展示するためのギャラリーとして、この建物を作ったのだという。
当初は、絵を見に来てくれた方に飲み物を出していたが、その後に少し手を入れて喫茶店にしたという。
なるほど、喫茶店にしては窓もなく、やたら絵が多いなとは思ったが、話を聞けば納得である。
一枚ごとに、これはいつ頃どこで描いた絵であるとか、その絵にまつわるエピソードなどを話してくれた。
思い出がたくさん詰まっているのだろう。
父親を語るとき、懐かしそうに、そして誇らしく、やさしい娘としての姿がそこにあった。
日本画家・上垣候鳥氏について
父親とはどういう人なのだろうか。
後で調べてみると、上垣候鳥(うえがき こうちょう)という日本画家である。
日本画家・上垣候鳥氏は1909年(明治42年)に生まれ、1997年(平成9年)に亡くなっている。神奈川県小田原市に在住していたようである。
上垣氏に師事した人は多く、「絵はその人の人生を語る」という尊敬する亡き恩師の言葉を大切に噛みしめて活動してきた人や、人間としての魅力に惹かれ、この人なら学んでみたいと門をたたいた人もいたようである。
残念ながら、詳しく紹介している資料を見つけることができなかった。
娘さんに聞くのが一番いいのかもしれない。
気になっていたことを聞いてみた。
「これは水彩ですか」
「いいえ、ほとんどの絵は岩絵具で描いていました」
岩絵具(いわえのぐ)で描いていたとの返事であったが、どういうものかよくわからなかった。ただ、水彩ではないのだなと理解した。
岩絵具(いわえのぐ)について
「岩絵具」について、ウィキペディアには以下のように記されている。(抜粋)
岩絵具(いわえのぐ)とは、日本画材料として供給されている顔料。
ウィキペディア(Wikipedia)<岩絵具>
辰砂、孔雀石、藍銅鉱、ラピスラズリなど様々な鉱石、半貴石を砕いて作った顔料を頂点とする。
粉末状の顔料(絵具)であり固着力がなく、単独では画面に定着しない。伝統的には、固着材として膠(ニカワ)を併用し、指で混ぜて練成する。
ちなみに、顔料(がんりょう)とは、着色に用いる粉末で水や油に溶けないものの総称である。また、着色に用いる粉末で水や油に溶けるものは、染料(せんりょう)と呼ばれる、と記されている。
「ガーデン 風の色」を散策
「テラスの向こう側の林の中を散策してみませんか」
飲み物を飲み終えた頃を見計らって、オーナーが声を掛けてきた。
林の中に散策路があり、歩けるようになっているという。
小川が流れていて河原に降りていくこともでき、時間があれば是非どうぞ、と誘ってくれた。
会計を済ませると、オーナーが自ら案内してくれた。
いったん道路まで出ると、すぐ隣に入口がある。普段は一般公開されていないようで、門扉には鍵が掛かっていた。
オーナーは鍵を開けながら、帰るときには自分で鍵を掛けてね、と言って店に戻っていった。
アーチ型に作られたパーゴラの入口には、「YASUKO GARDEN 風の色」のプレートが掛かっている。
ちなみに、喫茶店の名前「LA COULEUR DU VENT(ラ・クルード・ヴァン)」とはフランス語で、「風の色」と言う意味である。
春にはバラの花がたくさん咲き、きれいなんですよ、と嬉しそうに話していた。
「風の色」と名付けられた散策路では、小鳥のさえずりや小川のせせらぎが聞こえてきて、森林浴を楽しむことができる。
ギャラリーの絵画は季節によって変わる
季節が変わり秋も深まれば、この木々の葉もきれいに紅葉するだろう。
そうすれば、テラスからの景色もまた、人を引きつけるに違いない。
壁に掛けられている絵は、季節によって変えているとのことである。
今度はいつ頃来ようか。そう思わせる店である。
喫茶店ではあるが、日本絵画と共に自然の景色も楽しめる、森の中のギャラリーである。
そして、オーナーの熱く優しい語りは、かけがえのないもののように思われた。
<LA COULEUR DU VENT(ラ・クルード・ヴァン)>
住所:〒981-3225 宮城県仙台市泉区福岡森下16
電話:022-376-2136
営業時間:木〜日(6月〜11月まで) 11:00 AM ~ 17:00 PM
ホームページURL:https://lacouleur-du-vent.com/
(営業時間は状況により変更になることがあります。ご確認の上でお願いします。)
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